白熊日記

7歳と5歳を育てる母親が、日々考えたことを書いています。

映画鑑賞記録/『おらおらでひとりいぐも』

ずっと観たかったこの映画、気がついたらAmazonプライムで配信されていたので昨夜ありがたく鑑賞した。

 

原作は、文藝賞に続いて芥川賞も受賞した同名の小説だ。親の決めた相手との結婚から逃げるように故郷を出て上京した桃子さんの、夫に先立たれ、子供と疎遠になった74歳現在の心の在りようを描く素晴らしい物語だ。私も去年の秋に読み、個人的な事情ともあいまって特別な読書体験になった。

 

乳幼児の子育てに主担当として従事している人の多くがそうだと思うが、私も産後、自由な時間が細切れにしか取れなくなった。そのため、それ以前は唯一の趣味と言ってもいいくらい好きだった小説にも没頭できる時間がなくなり、次第に興味が向かなくなった。

 

好きだったものを好きだと思えなくなるという現象は、それが自然に起こった変化であれば何の問題もないのかもしれないが、私にとっては「したくてもできない」が積み重なった結果として起こった変化だったので、ひとことで言うと苦しかった。自分が自分ではなくなっていく感じが(もちろん悪い意味で)するのに、それを止められない。不本意なまま、けれどその状況を引き起こしているのは育児であるがゆえ、不本意だと思うことすら憚られる中で、長い時間をかけてあきらめるしかない。その過程は、私にとってはものすごくつらかった。

 

そんな気持ちで育児中心の日々を過ごして6年近くたった去年の秋、この映画の原作小説を読んだ。子どもを産んで以来、途中で寝てしまわずに一気に小説を読んだのはその時が初めてだった。

 

高度経済成長期の真っ只中に結婚して子を育て、主婦として暮らしてきた桃子さんの葛藤は、高度経済成長期がすっかり終わってから生まれて令和に主婦として暮らしている私の葛藤そのものだった。

愛はやっかい、愛より自立。出産前の私だったら手垢のついた言葉だと感じていたかもしれないセリフがグサグサ刺さる。

夫の死はもちろん悲しいけれど、そこには「自由になれた」「これからはひとりで生きられる」という一筋の光もある、という部分にも胸を打たれた。そんなこと言っていいんだ。そうか、思うのは自由なんだ。ひとりになりたいって、望んでもいいことなんだ。

当時、苦労なく子に恵まれお金に不自由しているわけでもない自分が何かを望むなんて贅沢だ、というような固定観念でがんじがらめになっていた私には、身体に風が吹き抜けるような爽快感があった。

 

読書記録みたいな内容になってしまったが、映画もとてもよかった。映像である分、原作より桃子さんの老いがリアルに感じられるので得手不得手があるかもしれないが、コミカルな演出にも原作の雰囲気が反映されているように感じた。

 

監督は沖田修一さん。『南国料理人』や『横道世之介』が有名だと思うが、私は『滝を見にいく』が好きだ。中高年女性7人が幻の滝を見に行くツアーに参加して迷子になるという話で、教訓めいたことが一切ないのはもちろん、ストーリーすらあるのかないのか危ういところがとてもいい。主要キャストは演技経験のない人ばかりだそう。おすすめです。